電車に乗れない!
そうなったのは、ある月曜日の朝。
綾子は二人の子供を保育園に送り届けて、急いで駅に向かった。
9時過ぎの電車はいつもそれほどは混んでいない。
それなのに、乗れない。
乗ろうとすると吐き気がして、あまりの気持ち悪さに立っていられないほどだ。
最初は風邪かと思った。
会社は子供の急な熱でも休まなくてはいけない。
当然自分が風邪をひいたくらいでは休めない。
しかたがないので、タクシーで会社に行く。
会社に行けばなんともなく、いつもどおり仕事ができる。
でも、火曜日も水曜日も木曜日も・・・ついに一週間同じことが続いた。
さすがに自分でもおかしいと思ってきた。
~誰に相談しよう。家族にも会社にも言えない!
子供はかわいいし、夫も忙しいけど自由にさせてくれるし、
会社もみんな親切にしてくれる。
どうして?どうして?どうして?~
そう思いながらも、タクシーで通い続けていたが、
次は会社に入れなくなってしまった。
会社に入れないのでは、仕事に行けない。
最初のうちは
「子供の具合が悪くて。」
と言っていたけど、1週間も過ぎれば有休もなくなってくる。
子供の具合がどう悪いのかも説明しなければいけない。
~もう限界!~
そう思ったとき、夫に、
「君なんかおかしいよ。
明日一緒に病院に行ってみようか。」
と言われた。
まさかと思いながらも、毎日深夜帰宅の夫が言うのでしかたなく、
病院へ行った。
「明日から入院してください。」
医者は言った。
~明日から入院って私がいないと子供たちは?会社は?
どうしよう???
私は正常なのに病人扱い。
病院になんか来なければよかった。~
そう思っても病院にきてしまった以上もう帰れない。
大手弁護士事務所に勤める夫はそうそう休めるものでもない。
~誰にも連絡しないで。~
と言っても現実的に無理だ。
実家の母に来てもらうことになり、会社にも連絡を入れた。
3か月の入院。
何にもすることがない。
会社に戻っても、
~かわいそうな人になってしまったんだな~
と思うと涙が出てくる。
綾子の夢は、25までに結婚して30までにかわいい子供二人。
女の子と男の子一人ずつ。
家は都内の駅近マンション。
自分も栄養士の資格をとって、30までに職場復帰したら適度に働いて・・・。
だいたい夢はかなっていた。
不満なんてないはずだった。
でも実際は、子育てはきつかった。
子供はかわいいけど、ときには泣き叫ぶし、思う通りに動かない。
夫も仕事にも育児にも理解があるが、
忙しくて夜も遅く、休みに出ることも珍しくない。
でも35の夫は、仕事が楽しそうだったし、
自分の弁護士事務所をもつという夢があったので、
何も言えなかった。
会社も子供ができる28までは、食品メーカーの開発企画部にいて、
資格もいかせて、それなりに楽しかったが、
子供ができて残業できず、たまに急な欠勤もあると、
総務課に移され、庶務をやるようになった。
庶務だと人もたくさんいるし、急に休んでもそれほど問題にならない。
会社なりの配慮だろう。
綾子は今の女性が望むものすべてを手に入れた。
みんな綾子を羨んだし、
綾子自身も自分のステータスに満足していた・・・
つもりだった。
3か月して病院を退院して、仕事復帰も許可が出たが、
綾子は会社を辞めた。
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