子供を産んだ人、産まなかった人

駐在妻の憂鬱

こんにちは!

子供を産む、産まないについては、必ずしも選べるわけではないのですが、あえて産まないという選択もありますよね。

20代の自分は子供ができたことによって急にわき役に追いやられた感じ。

主役は当然子供で、子供のために働き、世話をして、子供の友達との関係を心配して、自分以上に大切にしなければならない者を急にハイって渡されて、ど~しよ~、ど~しよ~という狼狽(-_-;)

子供が新しいことをできるようになれば嬉しいし、子供が学校でうまくいって喜んでいれば嬉しい、これが人を愛するということなのか・・・

でもね。人は子供を産んだ瞬間に母になる訳じゃない。子供を産んで育てることで、少しずつ積み上げていくものだと思う。だから急に子供を産んだ瞬間に母になれと言われても、なかなか今まで自分のために生きてきた自分を捨てられない。

じゃあ、子供を産まなかったらどうだろう???

ずっと自分または旦那様が主役、という人生になるのかな。それはそうか、それ以外に自分の両親とかそういう人々を除けば、自分が心配するべき人なんてなかなかいないものね。

昔の人は寿命が50歳くらいだったから(どんだけ昔???)、子供を産んで後世に残して死んでいくことがひとつの使命だったけど、人生100年時代になると、子供を育て終わっても、後50年くらい残っているんだよね?

だから精いっぱい子供を育てたらもう50歳で、後は死んでいけばいいかというと、それからまた、大半の人が自分が主役の人生に戻らなくちゃならない。

いや、子供を育てているときも主役は自分だったのよ。本当はね。子供を持つ自分、子供を育てる自分ということでしょ?でも、世話をする子供もいなくなった50代からは、どうしたら今まで占めていた子供という部分を埋めればいいんだろう。

私は子育てに熱心ではなく、自分の仕事ややりたいことばかりを優先してきた。だから、子供が巣立っても積み上げてきたものもあるし、やりたいこともまだまだある、はず・・・そんな私でも子供を言い訳にしてやって来なかったことがあるのではないかと思う。

例えば週に3日ジムに通うとか、友達に会うとか、読みたい本を読むとか、いつだってできることばっかりなのに、ただテレビを見て過ごすこともある・・・子育てが疲れると言い訳して。きっと子育てをしてなくても同じだった。

子供がいる人は勝ち組なんて言われるけど、今の時代、子供が面倒をみてくれる訳ではない。子供が立派になってくれれば嬉しいけど、子供の人生は私の人生ではない。子供の人生のために私が何もかもを投げ出して奮闘する気もないし、きっと彼らには彼らの人生や決断があるから、それも余計なお世話だと思う。

しかも子供にかかるお金は一人1000万円超。子供がいればいるほど老後資金は減る。お腹から大きなものを産みだすから体力も大分使う・・・

それに立派に育てば育つほど子供は海外とか遠くに行く傾向にあるよね・・・もちろん心配ではあるけど、親がいつまでも手を貸すわけにもいかないし、立派に自立してればそれでよし、だと思う。

子供を持ってよいことは、ただ子育ての甘い時間を老後にもっていけることと、生きていれば子供に会う機会があるということ。

じゃあ、子供を持たなくてよいことは、なんだろう。それは自分がずっと主役でいられること。子供に体力も時間もお金も割くことなく、自分のすべてを使って何かを成し遂げられること。成し遂げられなくても子供を言い訳にしないこと。

子供を産んだ人、産まなかった人で、他人は区別をしたがるけど、結局最後の50年は夫婦二人、そして一人で生きていく。

人は死ぬときにお金や財産、地位を持って行けるわけではない。死ぬときに「いい人生だったな」と思えればいいだけだから、究極はその人のいい人生の中に子供がいるかどうかという違いだけだと思う。

どうしても子供が欲しい、子供を育てたい、と思う人は子供を産んだらいいし、私は子供を産んでよかったと思うから、子供を産んでもいいかな、と思う人には是非産んでみてと勧めたい。でも一生子育てをしているわけではないのも事実。

全力で子育てして死んでいくという美しく短命の時代は終わってしまった。私達はそれでも長く生きていかないといけない。子供を産まなかったら自分の好きなことできるでしょ?と言われるけど、子供を産んでも子育て期間が20年強と考えれば、それ以外の80年弱は自分が主役の期間なんだよね・・・

生きているだけでありがたいことだと分かっています。でもこの先を考えると、ちょっと疲れるときもありますよね・・・

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