その日は千春の38歳の誕生日。
とうとう38歳。40まであと2年しかない。
その日、夫は早めに帰宅した。
「たまには外食して、お祝いしよう。」
夫が言うので、千春もしぶしぶうなずいた。
夫が運転する車の助手席に乗る。
「どこに行くの?」夫に尋ねると、
「着いてからのお楽しみ」という。
どこに行っても楽しめるとは思えない。
どんな高価なプレゼントも千春を喜ばせられるとは思えない。
でも夫が千春を喜ばせようとしている。
千春は曖昧にほほ笑みながらうなずいた。
夫が車を止めたのは、葉山にある海辺の小さなレストラン。
千春はハッとした。
8年前、夫が千春にプロポーズした場所。
もう長い間行っていなかった。
まだやっているとは思わなかった。
あのとき座っていたテラス席へ通される。
他には誰もいない。
夫が予約をしてくれていたらしい。
あのときもそうだった。
心なしか緊張した様子の彼に‘もしかしたら?’
と一日中ドキドキしたのを覚えている。
もう30歳なのに、
「結婚」そう考えただけで舞い上がっていた。
かわいかった自分。まだ30歳。
もうここにはいない。
「無理行って場所をとってもらったんだ。間に合ってよかった・・・。」
と夫は照れ臭そうに笑った。
その笑顔は8年前と変わらない。
なんだか懐かしい。
少しだけ心が温まる。
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