あるとき、弘子のお店に年配のお客様がおみえになった。
「この服いい色ね。デザインも素敵。
でもちょっとサイズが大きいわ。どうにかならない?」
弘子は事務をやりながら、
自分の店の店員が接客するのをみていた。
「裾をあげたり、肩のところを詰めたりすると少し大きさは調整できますよ。
こんな感じですが、いかがでしょうか。」
「そうね。それではそうしてちょうだい。」
お客様は仕上がり日を確認されてお帰りになった。
マニュアルどおり。何もまちがっていない。
でも、弘子には何かひっかかる。
何だろう。
帰ってからもずっと考えていた。
そうか。
軽くつまんだだけでは分からないけど、
実際に裾あげをして肩をつめると、シルエットが大きく変わってしまう。
ささいなことのようだが、服の印象も全く違うものになってしまう。
でも、お客様は満足して買われた。
それでいいの?
かなり高額な商品だった。
店の利益にも大きく反映されるだろう。
それは店長である弘子が最も気にしなければいけないことだ。
会社の方針としても間違っていない。
お金にも不自由してなさそうなお客様だったし、
「気に入らなければ着ない」だけ。
何より決定されたのはお客様自身だ。
正当化する言い訳は次々と出てくる。
でもそれでいいの?
分かっているのに言わないのは詐欺ではないのか?
気付かないふりをすれば何もなかったことになるのか。
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